コラム豆知識
倉庫と聞くと、現代的な物流センターを思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかし日本の倉庫の歴史は実はとても古くからはじまっています。
この連載では、時代とともに姿を変えてきた日本の倉庫の歴史を、数回に分けて紹介していきます。
今回はその第1回として、古代から中世にかけての倉庫の役割を見ていきましょう。
全国の国府に置かれた「正倉」
日本の倉庫の起源は、奈良時代の「正倉(しょうそう)」にあると言われています。 当時の主な役割は以下のようなものがありました。
税の保管:租税として納められた穀物や布を収納する
国家財産の保全: 国府(役所)の敷地内に設置され、厳重に管理される
つまり、古代の倉庫は物流拠点というよりも、「国の銀行(金庫)」に近い存在だったのです。
千年の時を超える技術「校倉造」
正倉の代表格として今もその姿を残すのが、奈良・東大寺の「正倉院」です。 最大の特徴は、「校倉(あぜくら)造」と呼ばれる建築様式。三角形の木材を井桁状に組み上げるこの構造は、壁面の隙間をなくし、湿気変動の激しい日本の気候から宝物を守るのに一役買っていたと考えられています。
倉庫は「富と権威」の象徴へ
平安〜中世になると、律令制度の変化に伴い、倉庫のあり方も変わっていきます。 管理の主体は国家から、有力な寺院や荘園領主へと移行。各地に設けられた「蔵」は、年貢米や富の蓄積場所として、その支配力や権威を誇示するシンボルとなっていきました。
第1回は古代から中世までの倉庫の歴史についてたどってきました。倉庫の起源に関しまして諸説ございますので、その中の一つとして捉えていただければと思います。
第2回は「江戸時代の倉庫の発展について」を予定しています。お楽しみに!